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世界一のヴァイオリンとされる“ストラディバリウス”は楽器か? 美術品か?

数億円という値段がつくヴァイオリンは果たして楽器なのか?

 一方、多くのコレクターは、傷が付くのを恐れるあまりヴァイオリンを美術品のように空調が完璧なガラスケースに入れて保管しがちです。しかし、保管が長期におよぶと、板が弾力を失い、弦をこすっても胴体が振動しなくなってしまいます。そうなると文字通り、ヴァイオリンの形をしたただの美術品です。

 

 それでも腕のある人が弾き続ければ、時間はかかっても復活する可能性があるのですが、復活しないことも少なくありません。

 

 ヴァイオリンの世界的コンクールとして名高いパガニーニ(※2)注国際コンクールでは、1位になると、パガニーニが実際に弾いていたグァルネリの「カノン砲」というヴァイオリンを弾く栄誉にあずかることができます。ところがこのカノン砲、ふだんは博物館に飾られているので、美しく鳴り響かせるのは、そう簡単ではありません。だから、演奏者は苦労しているのではないかと思います。

 

 僕も一度、ヴァイオリンコレクターの家で自慢のコレクションを見せてもらったことがあります。ガラスケースの中に陳列されている様子は、まるで顔面蒼白な人形が並んでいるようで、見るからに弾いて楽しそうな感じはしません。すべて4ケタ以上の、名器と呼ばれるクラスのヴァイオリンばかりでしたが、「タダでくれると言われても弾きたくないな」と思ったものです。

 

 とはいえ、コンディションさえ良ければ、名器といわれるヴァイオリンがとんでもなくいい音色であることは間違いありません。その音色は、群衆の中にいてもひときわ美しく輝くタイプの音色です。それを自分の演奏の特徴にできるのは魅力ですし、話題性もありますから、ソリストが名器を欲しがるのは当然です。

 

 でも、オケマンがそれを手に入れてオーケストラの中で弾いたとしても効果的ではありません。オーケストラで必要なのは〝全体に溶け込む音色〞なので、オーケストラの全員が、たとえばストラディヴァリウスを持ったからといっていい響きにはならないのです。

 

※1 グァルネリ・デル・ジェス ストラディヴァリと並び称されるイタリアの弦楽器製作家、バルトロメオ・ジュゼッペ・アントニオ・グァルネリが製作したヴァイオリン。
※2 ニコロ・パガニーニ(1782︲1840)イタリアのヴァイオリニスト、作曲家。19世紀を代表するヴァイオリニスト。「悪魔的」ともいわれた演奏技術は、後代の音楽家に大きな影響を及ぼした。作曲家としては「鐘のロンド」「第24番」などを遺した。

KEYWORDS:

『クラシック音楽を10倍楽しむ 魔境のオーケストラ入門』
著者:齋藤真知亜

 

“N響"の愛称で知られる、NHK交響楽団。1986年に入団し、今日までヴァイオリニストとして活躍してきた著者による、初めてのオーケストラ本です。どうしても堅苦しく、格式が高いイメージで捉えられがちなクラシックの世界を、演奏する側の気持ちを交えて分かりやすく解説します。演奏時の楽団員それぞれの役割や、ステージ上で感じる緊張など、オーケストラの一員である「オケマン」目線で本音を綴り、コンサートや音色の新しい楽しみ方を提案。「知れば知るほどもっと奥へと分け入りたくなる、秘境にも似た魅力」と著者が語る、クラシックの世界をお楽しみください。

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齋藤真知亜

さいとうまちあ

NHK交響楽団 第一バイオリン・フォアシュピーラー

東京都出身。東京藝術大学附属音楽高校を経て、東京藝大を首席卒業。1986年5月1日N響入団。1999年から毎年開催している自主企画リサイタルのシリーズ「Biologue」「Quattro Piaceri」、バルトーク全曲演奏に挑んだ「ヴィルトゥオーゾ・カルテット」や、民族楽器によるコンサートにも注目が集まっている。また、ジュニア・フィルハーモニック・オーケストラでは、山本直純氏の遺志を受け継ぎ、指揮・指導を行っている。大学や個人レッスンのほか、個人でもアンサンブルなどを率いて活動中。


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